まだ夏には気が早いのですけれど、最近息子が近所のグローサリー ストアーで ”クワス” と言う名のロシア古来の清涼飲料を発見してきて、懐かしくロシアの夏を思い出しました。
”クワス” とロシア人に親しまれている、ライ麦と麦芽と発酵させて作るこのジュースは、ロシア人にとっては、日本のラムネみたいな感覚でしょうか。
"クワス” はロシアのみならず、ウクライナ、ベラルーシは勿論のこと東欧でも親しまれており、その歴史は遠く古代エジプトまで遡るそうです。
アルコール度数は1‐2.5%。
ロシア人にとってはジュースとして飲まれているので、子供であっても、なんでもない度数でしょうけれど、私なぞ目先がフラリとした感覚がありましたよ。
我が家の子供たちも、平気でたくさん飲んでいましたね。
暖かくなると ”クワス” を売る人は、上の写真のようなタンクを路上に設置して、客を待っていました。
勿論店でも売っていますけれど、路上は便利だし何となく粋な気持ちがしませんか。
紙コップが用意されていて、タンクの周りで飲んだり、歩きながら飲んだり、あるいは家から持ってきたボトルに入れて持ち帰ったり、 暑さの中をテクテク歩いていれば、誰でも飲みたくなるロシアの夏の風物です。
ソ連時代は大規模な工場で生産され、今もそうであるように町中至る所でタンクにいれて売られていたそうでした。
ところが、ソ連崩壊後、国外からやってきたコーラーなどに押され、存在の危機に見舞われたそうですが、幸いにも再び庶民の支持を得て今ではアメリカにまでもお目見えしています。
この運命も、日本のラムネみたいですね。
当の昔忘れていたラムネを、アメリカで発見した時は感無量でしたもの。
mind is still early in the summer, but recently My son found Russian traditional soft drink in neighborhood grocery store called "kvass квас" this reminded me of a Russian summer.
This juice is made by fermenting malt and rye, very popular for the Russians, do you feel like Japanese Ramune.
1-2.5% alcohol content.
For Russians drink as juice even children, but I felt to get drank a little.
Getting warm weather the people selling the "Kvass" to set up tank on the street like the photo above they were waiting for customers are coming.
During the Soviet era are produced in large factories, it was sold in everywhere around town.
after the collapse of the Soviet Union, many kind of soft drink were came from outside of the country, квас had suffered a crisis of existence, now it has come even to the United States with the support of the people again fortunately.
This story same like the Japanese Ramune.
when I found the Ramune in the United States, I was so surprised.
2013年3月3日日曜日
遙かなるロシア ロシアの飲み物 ”クワスквас”
2013年2月21日木曜日
遙かなるロシア 隕石が落ちてきた
ロシアのウラル地方に隕石が落ちたのは、瞬く間に世界に知らされ、生々しい動画が流されましたね。
こんな大きな物が落ちてきたのに、命を失った人がいなかったのは幸いでした。
動画を見た人たちはそれぞれの立場で、何かを見て取ったのも興味がありました。
私は、映し出された学校の様子で、生徒たちがかなり無事であったので落ち着いたのですけれど、今やロシアの学生たち、大きな絵柄のTシャツを学校でも着ているのですね。
昔学生達は白のYシャツを着て黒のズボン、 Tシャツは我が家の息子だけでしたけれど、「今は皆Tシャツだよ。」
もう一つ「ああ良かった」と安堵したのは、学校などの窓ガラスが昔々の割れてシャープな凶器になるガラスではなく、粉々に壊れるガラスのようでした。
昔東京で地震の被害を受けた時、シャープに割れた窓ガラスで、多くの人が命を失いましたね。そのとき以来ガラスは粉々に割れるように取り替えられたので、ロシアでもそのような安全処置が取られていたのですね。
それと沢山の動画が生々しく、精密に流されたのは、ロシアでは自家用車に取り付けられている携帯カメラが普及しているからだと言う人がいました。
何故ならば、ロシアの交通事情はワイルドで事故が多く、現場をリアルに映し出すことによって自分の立場を主張できる。
からだそうです。
なるほど。
そんな事情は変わってはいませんね。
the world was known news about a meteorite fell in the Russian Urals. It was good because no one lost live.
People who saw the video I was interested in their respective positions to see something.
I felt good of the students because it was quite safe, and I saw a Russian school students their wearing , a T-shirt of the big picture in school now. used be students were wearing Black pants and white Y shirt but only my son was T-shirt .
some people say that video was shed vividly, precisely, the portable camera that is attached to the private car. because Traffic conditions in Russia is very wild, there are many accidents people need claim his position by projecting a realistic scene.
Get it. Such a situation does not really changed yet.
2013年2月14日木曜日
遙かなるロシア うどんやさん
モスクワに本格的 ”讃岐うどん" 屋さんが開店したそうですね。
話に聞くとモスクワは日本食ブームなんですって。
10年ほど前モスクワには寿司屋さんが200軒あるとか聞いて、”まさかー” とビジネスの目的もかねて視察に行ったときがありました。
200軒あったかどうか定かではありませんけれど、見て歩くには十分な件数がありました。
それにしても驚いたのは値段の高いこと、ちょっと付き合い難かったですね。
モスクワは物価が高く、家賃は世界一高いとか言われていますけれど、寿司も世界一の値段ではないですか。
ニューヨークの2倍以上か、近くの値段でしたよ。
”こんなお金払って食べなくても、私だって結構なもの作れるよ。”
と、すぐ私は考えるので、寿司が美味しいか不味いかは未だに知りませんけれど、プーチンさんも寿司が大好きで、彼がよく来ると言われている店もありました。
アメリカでは寿司ブーム以降、チャイニーズや韓国人がすし屋を始めて、いろんな国籍の人たちが寿司を握っています。
寿司はやはり日本人の板前さんがいいですね。
アメリカで、日本人の板前さんが握る店を探すのは容易ではありませんよ。彼らには ”たかーい給料” を払わないといけませんのでね。
ロシアではあのころも今も、何人がにぎっていたのでしょうかね。
ロシアにいたころは ”ラーメン屋があったらなー" と思いながら即席ラーメンに甘んじていたのですけれど、いまは本場の讃岐うどんが食べられるなんて、世界も狭くなりましたね。
それにしてもロシアは広いですから、地方都市に日本食が行き渡るには未だ、相当な時間がかかることでしょう。
I head "Sanuki Udon" shop was opened in Moscow. also I hard, Moscow is the Japanese food boom. Already 10 years ago in Moscow I hard 200 Japanese restaurants were existing.
There was a sufficient number but I am not sure whether there were 200 restaurants, to look around.
Anyway it was very expensive restaurant I never wanted pay that price Or more than twice in New York, Some Japanese restaurant was known because president Putin will come who loves Sushi.
Anyway shows up Japanese Noodle store in Moscow. I feel world become close each other.
2013年1月30日水曜日
遙かなるロシア シベリア鉄道にて
シベリヤ鉄道 |
Tシャツ姿で-40度の地へ転落、走る列車の扉が開き放り出される。
これはシベリアタイムスの記事です。
この人の無事は!
と先ず気になります。
この上なく幸運なことに、この男性は無事だったのです。
しかも、Tシャツと軽いズボンとスリッパーで転げ落ちてです。
だれかが気ずいて、すぐに列車が止まったわけでもなく。
シベリアを走る列車であったとしても、汽車の中はとても暖かく、乗車して我々の先ずすることは如何にリラックスして、長旅に備えるかと席に着くやいそいそと準備します。
その為には先ず、軽装になります。
気分のよいシャツとパンツとスリッパー。
そして美味しい食べ物。
これで快適な気温の中、楽しい長旅の準備が出来ました。
その後この人は、車中を散策をしているうちにドアーに手をかけてしまったのだそうです。
危険なことに、そのドアーには鍵が掛かっておらず、転落。
其れにもかかわらず、傷さえも負わなかったそうです。
彼は兎に角、列車を追いかけて走り始めたそうです。
必死に走ること7キロほど。
どれほど歓喜したことでしょうか、駅にたどり着いたのでした。
ナポレオン軍もドイツ軍も寒さにやられてしまったのに、この人はシベリヤの寒さに、しかもTシャツで傷も負わず、凍傷にもならず良かったですね。
In Siberia, Door of the train was open man was fell down to the land of -40 degrees in his T-shirt,
This is an article of Siberia Times.
Safety of this man!
I am anxious to know for his safe. this man was just alright.
Moreover, He fell down in T-shirt, light pants and slippers.
Was not a care about someone know what happen to him made have stopped the train immediately.
Even in the train running Siberia, in the train is nice and warm then people are ready to relax will prepare for the long journey to shirt, pants and slipper And delicious food. then we were ready for fun in this long journey.
This person was prepared for his journey and walking around inside train then some reason he touched to a door was not rocked. Door was open who was fell down. out side was -40.He was lucky did not even scratch. He had started chasing train about 7 km that run desperately. It was how he delight who finally arrived at the station.
Even the German army troops Napoleon they were beaten by Russian cold, how lucky he was.
2013年1月21日月曜日
遙かなるロシア お正月料理 ”пельмени”
ロシアではお正月料理として、ペルメ二 (пельмени) を食べると言われていますけれど、これはお正月に限らずいつでも食べていたような気がします。
どんなものかと言えば水餃子のようなもので、東ヨーロッパ諸国、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの国民的な料理であり、小麦粉と少量の卵を水で練って作った薄い生地で細かく刻んだ肉を包んだダンプリングの一種です。
肉は豚肉、ラム、牛肉などの肉を使います。
我々は自分たちで作ったりせず、既製品を買い、茹でてスメタナをつけて食べたり、スープに入れてお雑煮の様にして食べていました。
ペリメニやその他の茹でるダンプリングは中国で生まれ、モンゴル人によってシベリアとウラル地方に伝えられ、そこから東ヨーロッパに伝播したといわれています。
ペリメニは軽量で手軽に調理でき、栄養価が高いため、冬に長期間狩りに出る狩人に好まれるそうです。
私にとっては、懐かしい ”水団、すいとん” を思い出しました。
戦後、何も無い時よく食べました。
水団の中には何も入っていないので、原始的なダンプリングなぞと呼ばれているのですね。
この水団に比べれば、ペリメニは豪華ですよ。
It is said (пельмени) Perume which is New Year food in Russia, I was eaten at any time, not just the New Year This is like dumpling, popular in Eastern Europe (mainly in Russia), wrapped the chopped meat with thin skin made eggs and flour miked with water.
It is said of boiled dumplings and other Perimeni was born in China, is transmitted to the Urals and Siberia by the Mongols, and was propagated in Eastern Europe from there. Perimeni lightweight and can easily cook, because of its high nutritional value, it is likely to be preferred to the hunter to hunt out a long period of time in winter. For me, I remembered the "SUITON" nostalgic. I ate well when there is nothing after the war. it does not contain anything in it, it is referred to as the primitive dumpling.
Compared to the SUITON, Perimeni is more gorgeous.
2013年1月8日火曜日
遙かなるロシア Merry Christomas
Мы желаем вам счастливого Рождества
一月7日、 年が明けるとロシア正教のクリスマスがやってきました。
この日、正教徒達はクリスマスまでの肉食を控える大齋期を終え、空に輝く一番星が現れるのを待ちます。大齋明けに食卓に出されるのが、小麦に蜂蜜と果物を混ぜた、 ”ソチヴォ” と呼ばれる特別な料理だそうです。
私はこの伝統的なロシアのクリスマスに同伴したことは無く、若者たちと12月25日に祝っていました。
大都市は西欧的傾向で12月25日に祝い、ファイバー オプティツク ライトのクリスマス ツリーが大流行の時代でした。
どこかの村で伝統的なクリスマスを祝ってみたいものです。January 7th, the Russian Orthodox Christmas
On this day, people will finish not eating meat for up to Christmas, they wait for the appearance of the most shining star in the sky. first served a special dish called "Sochivu~o" mix honey and fruit to wheat.
I was not accompanied by the traditional Russian Christmas, but celebrating on December 25 with young people.
I want to celebrate a traditional Christmas in somewhere the Russian village .
2013年1月2日水曜日
遙かなるロシア 新年
Наилучшие пожелания в новом году
飲んで騒いでたくさん歌って、新年を迎えるロシアの人たち。
新しい年に再び希望を託して、平和な日々が送れる2013年でありたいですね。
昨年もまれな寒さの冬であったそうですけれど、今年も又まれな寒さに見舞われていると聞きました。
ウィッカもほどほどにして、早く家に帰ったほうが良いですよ。
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